2009年02月24日

Biunを訪ねて-V

Biunと会ったのがお昼前。しかし、私は“Biunに会って話がしたい”という事以外考えてなかったので、それから先の予定は何も考えておらず全て彼にお任せでした。

先ず行ったのが『布農部落』。そこは白光勝牧師が中心になって原住民によって初めて設立された『布農文教基金会』により運営されています。布農族の文化を紹介すると共に、現地原住民の収入を図り、文化の継承も意図するものです。舞台公演が行われ(観客20人以下中止)、喫茶、レストラン、特産品販売(ヒノキ精油、竹炭、竹酢液が有名)があり、宿泊施設もあります。彼は以前公演参加で関わっていたそうで、舗装の園内を歩いていた時、「ここは一時に設備が出来たのではなく、段々と整備され来たので前はここは泥んこ道だった」と話してくれました。喫茶コーナーからは下の谷、向かいの山が望め、気持ちが良さそうでした。しかし、ウィークデイだった所為もあるでしょうが、観光客はそう多くありませんでした。

そこのレストランで食事。二人なのにどうするの!と思うほどの料理にスープまで!Biunは「これから古道をちょっと歩くからたくさん食べろ」と。食べながら話をしました。Biunは34歳。小学6年生で母親も亡くなり、5人兄弟の末っ子の彼は長子の長兄、次兄、姉達が世話してくれたと言っていました。しかし、中学、高校では教科書と共に山刀を鞄に入れて登校し、放課後は暗くなるまで山や畑でアルバイトをしていたとか・・・ 

原住民を取り巻く環境は以前より良くなったように聞きますが、現代は現代で別な問題も出ているようです。現地の高校の先生によると「世の中に子供の興味を引く携帯、ファッション、カラオケ等のお金のかかるものが多くある。親は収入が少ないのに、子供に嫌われたくないからとお金を渡す。結果、子供は家庭の経済状態を知らず更に金銭を要求する」という事になっているそうです。特に高校は実家が遠方で寮生活の生徒もいるので、親から先生に心配の電話がかかってくることも多々あるとのことでした。このことは概して収入が少ないと言う事を除いては何も原住民だからという事ではなく、親子の話し合い(決して説教ではない)が為されていないからということでしょう。

何時の時代も青春は様々な混乱が起こるものですが、Biunの青春はなんと厳しいものであったかと思います。

食事を終えまた車に乗ると、Biunが私に枝に付いた小さな実をちぎって勧め、断ると自分の口に入れカリカリと噛み始めました。それは最初に乗った時からあったので、枝が折れて車の中に入ってしまったゴミだろうと思っていたのですが、何とビンロウでした。それまでは石灰と共にキンマの葉に包んで売っているものは見てきましたが、枝から直接取ってそのまま噛むというのは初めてのことでした。

15分ほど走ったでしょうか。右折して舗装のない道に入りました。その道は7年ぐらい前に出来たと言っていましたが、清水へアクセスできる道です。(続く)
posted by メイウェンティ at 17:35| Comment(0) | 台湾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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